コラム・あの人に聞く


〜 強靱な企業づくりをすすめる会員の取り組み 〜
月刊誌特集 I では、会内外で活躍する会員を毎回紹介します。会員の経営する企業の取り組みや、経営者である会員自身の企業経営に対しての考え方などを知ってもらうことで、同友会が目指す企業像、経営者像、そして中小企業と社会との関わりへの理解を深めてもらえることを期待しています。第12回は、大阪同友会 副代表理事の音頭良紀氏です。
 2017年創立60周年を迎えた東洋製鉄(株)専務取締役、音頭良紀氏を取材しました。同友会役員講座で音頭さんが講師として担うのは「同友会の歴史から今を考える」というテーマであり、日本の戦後や世界の歴史と共に発展してきた同友会の存在や、自社の創業者がたどった会社経営の道を懐古し、今の自身の経営を語ってきました。
 その年表資料や会社沿革について先代社長への思いを馳せながら語る音頭さんの根底には、90歳を過ぎるまで経営に邁進した創業の精神がしっかりと根付いていることを感じました。

次世代へと会社は受け継がれる
 「同友会が掲げる強靭な企業づくりとは、どんなイメー ジを持っていますか」という冒頭の質問に「広義としては 全天候型、不況に強いということ。狭義としては長く続けていける企業、持続可能ということでしょうか」と、さすがすぐに同友会労使見解の「いかに経営環境がきびしくとも…」につながる答えが返り「70周年には自分は65歳、 あとは御礼奉公として75周年を見届ける。今から入る新人は100周年には中堅幹部となる、そこを思い描きながら やってきました」と続きます。
 音頭さんは1992年兵庫同友会に入会後1994年子会社東洋建設へ出向の折、大阪同友会へ移籍。「会歴は25年、しかしあのころ本当に同友会でいう運動とか理念とかが分かっていたわけではない、本気で考え出したのは40歳もすぎてから」とのこと。将来の会社像をイメージして、今自分ができることをやると決意した、それは将来を託すことのできる社員を育てることと言います。

組織の中の受け皿となる
 東洋製鉄の社長は長兄です。二男の音頭さんが専務、三男さんが常務を受け継ぎ、その次の世代の事業承継には長兄の息子さんが取引先企業において勉強中、とはなんと豊富な人材の宝庫であることかと羨ましく、分け入って尋ねてみました。世間でよく言う兄弟のあつれきは無かったのか、順調に先代の教えに従って会社を拡張し発展させてきたのかということです。
 現社長が承継の前に「こんな借金だらけの会社、誰も継がない」と言い放ち、先代が相当なショックを受けられたというエピソードを聞きました。それからの先代はひたすらに借入金返済に気合を入れ、工場新設や機械の設備投資以外は無借金経営を実現したといいます。2008年リーマ ンショックの後も、そうした財務力をもって乗り越え、強靭に生き続ける企業の姿を父に学びました。
 やんちゃで明るい、人の懐に飛び込むことが得意という感性は、真面目実直な兄とは違うと自他ともに認めるところ。しかし長兄の真似できない実力も知っていたある日、コンサルタントが「あなた方は仲が悪いでしょう」と発言。「見栄張って強がっていた自分から、小さく見えてもいいな、失敗したときは俺だ、と今思えるようになった」 といいます。同友会の始祖、赤石義博氏(前中同協会長、 故人)の「人間尊重経営・実践への道※」を読んで涙が止まらなくなった日のことや、在りし日の赤石さんから多面的にものを見る客観性とか、人との接し方をしっかり教えてもらったと話します。
 ※2007年発行。なお赤石義博氏の著書は、私と「自主・ 民主・連帯」
  上巻−人間尊重経営を深める−下巻-人間 の尊厳と中小企業・人間らしく生きる
  −2010年発行を事務局にて販売しています。

中国への進出、総経理(社長)として奮闘中
 近況、音頭さんは中国江蘇省で2013年に設立した子会社の経営に1カ月のうち2週間を費やし、あとの2週間は日本で本社専務としての仕事をするというハードな毎日を送っています。表紙の写真中央に現在11人の中国人社員と共に撮影したその表情は従業員と同化して仕事になじんだものでした。設備の大きさに比べ従業員が少ないことを尋ねると「設立から2年間はほとんどトレーニング。
一つ仕事をいただく度に従業員を増やしてきた。仕事が増えれば人を増やす」とのことで堅実経営です。
 東洋製鉄は国内各地で工場を増設してきましたが、中国への進出は世間でみると遅いのではないかと質問します。製造を中国に置いたとき、為替のデメリットや中国経済のダウンが伝えられる中、なぜこの時期にと疑問を投げかけました。「今、ダウンの時がラッキーで鋼材が仕入れやすくなっている。不景気の中でのメリットを見つける。上がるときのス タートダッシュが肝心で、不景気風に負けている会社は好景 気に乗り遅れる」と言い切り、中国での起業の困難を語りました。2013年ライセンスが取れ、2014年起業。2015、 2016はどん底で、ようやく平常な生産にかかれるようになったそうです。進出は得意先からの要請でそれに応じて2 社が進出しましたが、今や1社は撤退しました。

人間尊重の経営を学んで
 中国子会社の成功の秘訣は名古屋工場で8年間雇用した中国人留学生の起用にあると言います。その人を副総経理(副社長)に任命し、中国政府の考え方や中国マーケットの情報が即伝わる体制とし、車の運転や地理に明るいところの便宜も重要視。従業員とのお国流接し方も彼に学んできました。 日本に居たいと残った中国人妻の出産に立ち会うため、2カ月間日本へ帰ることをすすめました。出産後妻も一緒に中国へ帰国。友人の奥様を総経理助・通訳として起用し音頭さんの仕事に大変ありがたい存在となっています。
 同友会で中国進出の先人が日中経済交流研究会のメンバーにいます。進出に対してアドバイスを請うと、中国人の右腕を見つけたことが良かった、失敗するケースはまかせっきりにすること、自分でやっていくだけでは限界がある、などと親身な答えが返ってきました。偏見を捨て交わっていくことを楽しむ音頭さん。「56歳にもなって、何もかも初体験とは楽しくてしょうがない。毎日新しいことに出会ってワクワクしていますよ」午後の日差しに眼が輝いてきます。中小企業の良さはアットホームにありというのが彼の持論です。

今後10年のビジョン
 日本で作った機械が一番品質も良く評判が良い、しかし 海外へのシフトも必要となると考え、どちらでも対応できる状態を作ることが大事でした。10年スパンでものを考え10年を一つのベースとしたら、次はインドでも海外生産はあるかもしれないと思っています。
 中国で今からも将来を夢見ることができるのか、その決め手は何?勝算は?と尋ねます。「日本の生産現場としての中国はないかもしれないが、ヨーロッパやアメリカをターゲットとする市場がそこにあると認められる」と言います。実際出て見たら、中国は世界市場でものを考える場所であり、日本に居たらそんな感覚はつかめない、中国人の人たちが英語でプレゼンをやっているのを見て驚きます。ただ単に生産工場を展開しているだけではなく、人との交流が強みとなっていき、現場は現地でトレーニングを重ねていく「日本固有の技術を針の先のように研ぎ澄まし、技術では負けない工場にしていきます」真似ができそうで、できないものは日本に残っている代表的なものつくりであると誇らしく語りました。東洋製鉄の社員とは、専務であるが子会社の社長であるという違った立場に立って接し、多角的に物事をみて対応していく自分が育っていることを音頭さん自身が感じています。
(文:情報化・広報部 西岡)

〜 取材を終えて 〜
 私生活で悩みを抱えている社員がいたそうです。そのことを知った時、音頭専務は「悩みに気が付かなくて悪かったな」と声をかけたそうです。以前なら、悩みを打ち明けてくれなかったことを責めていたかもしれないと。 このエピソードを聞いて、こういった言動を自然に取れることが、同友会の学びの成果だと感じました。私も、同友会で、多くの言葉をかけてもらったり、使ったりします。わかっているつもりでいることが多くあります。しかし、自分の行動や言動に、薄っぺらさがないだろうか?常にそんな疑問を持っていました。この取材を通して、同友会の学びは、長い時間をかけ、徐々に身に付き「あのことは、あの話は、そういうことやったんや」と振りかえりわかるくらいの自然さが本物だと気づきました。最近、閉塞感ばかりを覚えていましたが、もう一度自分を鼓舞できる取材になりました。
(文:情報化・広報部 大山)
Profile
企業名: 東洋製鉄 株式会社
所在地:本社管理室 大阪市東淀川区小松
設  立:1957年4月
資 本 金:3,000万円
売 上 高:153億円(2016年実績)
従業員数:265名 業務内容:建設重機などのカウンターウエイト製造販売
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