コラム・あの人に聞く


〜 強靱な企業づくりをすすめる会員の取り組み 〜
月刊誌特集 I では、会内外で活躍する会員を毎回紹介します。会員の経営する企業の取り組みや、経営者である会員自身の企業経営に対しての考え方などを知ってもらうことで、同友会が目指す企業像、経営者像、そして中小企業と社会との関わりへの理解を深めてもらえることを期待しています。第10回は、大阪同友会 副代表理事の中井深氏です。
仲間と共に、人と接する商売をしたい
 ベルギービールを専門とする飲食店4店舗を経営する中井氏。大学では電子工学を専攻していましたが、飲食店でアルバイトを続けているうちに面白味を感じるようになり、卒業後は飲食業界に進みました。
 当初から飲食店の経営者になることを目指し、アルバイト時代を経て就職していた店からビジネス街の居酒屋に転職しました。やがてチューハイブームが訪れ、原価率計算など得意の数字を活かしたマネジメントによって業績を上げ、半年で店長、次の年はスーパーバイザーといった具合に進み、29歳で独立しました。
 1985年に淀屋橋で洋風居酒屋を開業。日曜日を休日にできるし、売上はそれほど高くはないけれど安定していそうという理由でビジネス街で商売をしたいと考え、開業したところ、店は毎日お客さんで賑わいました。お客さん自身にものすごくパワーがあり、活気に満ちていました。その年は阪神タイガースが優勝した年で、バブル景気の始まりとも重なっていて、いい時期にスタートを切れました。

ベルギービールへの転換
 その後2店舗3店舗と出店をしていく中で自店では「世界のビール」とうたっていましたが、産地やラベルが珍しいから入れてみようかといった程度のノリで、味や品質についてはあまり気にしていませんでした。そのころ輸入ビールは運搬や在庫が万全ではなく本来の風味が損なわれているものも多数ありました。それでもいろいろな国のビールを楽しんでいるお客さんを目の当たりにするうち、もっとおいしいビールを提供したい、もっとスペシャルなビールについて深く知りたいという気持ちになりました。
 東京での展示会に行った時にビール専門店を回ってみて、ビジネス街のど真ん中で先駆的に営業していたベルギービール専門店で働いているスタッフの様子が自社のスタッフと重なり、憧れを感じました。大阪に帰って勉強を重ねるほどに、ベルギービールの歴史、文化、何より品質の良さに魅了され、ベルギービールの専門店に転換することにしました。1998年当時、ベルギービールはメジャーではありませんでしたが、インターネットでの情報収集が始まったころで、ベルギービールの熱心なファンのお客さんが遠方から来られるようになりました。自分としては手ごたえを感じ、既存店も全部変えていきました。しかし、ビール専門店としてビール以外の他の飲み物はソフトドリンクだけという提供の仕方でしたので、売上にかなり波がありました。夏場だけの店という意味で周りの飲食店からは「海の家」と言われる状態でした。特化するということを勘違いしていたと、中井氏は当時を振り返ります。
 その後、ベルギービールに強いだけでなく、店舗ごとのお客さんの層や単価によってメニューを変えるといったことをして、お客さんの求めるものと自社がやりたいと思っている業態が合致し、ようやく安定的にベルギービールで商売できるようになる1店舗ができました。

「社長、人が育ってから、店を出しましょうよ」
 同友会に入会したのは2000年3月。やっていることに自信はあるけれど、業績は安定せず、社員は定着しないという状態で、どう経営したらよいのかわからなくなっていました。そんな時に同友会を紹介されました。
 最初に参加した例会で「何のために経営していますか」という問いに対して、報告者が「私は社員と達成感を得たいためにやっています」と回答したのがすごくカッコよく感じられました。果たして自分はどうかと自問します。仲間と共に成し遂げたいと思って事業を始めたのにもかかわらず、自分が達成感を感じるのは新しい店舗ができて、思いが実体のある‘物’ としてできあがった時でした。しかしその‘物’ は必ずしも社員の達成感とはなっていなかっのです。人員に余裕がないため、新規店がオープンすると「もう、ガチャガチャ」です。新規店の社員を募集しますが、新人ばかりでは店が成り立たないため、既存店からも人をまわします。寄せ集めで、育ってきた環境も違いますし、うまくいくはずがありません。朝礼では、従業員同士がミスの擦り付け合いでけんかをし、泣き出す者までいる始末で、その翌日にはきまって「社長、お話があります」と言って辞めていくということの繰り返し。それでも開店時間には店を開けないといけないので、社員たちの勝手なルールも認めざるを得ない状態でした。店長を、その日1日、開店から閉店まで店を開けることができるという現場監督レベルでよしとしていたために、経験者でなくとも3年も経ったら店長になれました。その後何を学んだらいいのか、次のステップが見せられておらず、「独立したい」「他店にいって学びたい」と言って辞めていきました。今でこそ、社員の平均勤続年数は5年を超えますが、当時は2年10カ月くらいでした。従業員の大切さについては、同友会で学んでいたつもりでしたが、実際のところは全くできていませんでした。
 店舗としては、扱っているのがベルギービールということで特異性があり、既存の他店とバッティングしないため、いろいろな商業施設から引き合いがあり、店をオープンさせるのですが、社内はこのような状態でした。そんな時に、当時のマネージャーから言われたのが冒頭の言葉でした。

新卒採用に取り組んだのが転機
 「新卒が社員の半分になったら会社が劇的に変わる」という話を同友会で耳にし、2007年から新卒採用に取り組んでいます。
 初めての企業説明会で自社のPRをするにあたって、事前に社員数名から自社の強みについて意見を聞いたところ、経営者である自分も共感できるキーワードがいっぱいでしたので、全社会議の場で、全員で話してみることにしました。
 2000年より勤労感謝の日を全店休日にして、全員で経営指針策定会議を行っています。それまでは経営者である自分が社員にしてほしいことをまとめているようなものでした。新卒採用に取り組むことにした年に初めて「わが社の理想の社員像」をテーマに社員同士でグループ討論をし、その結果「自分も、働く仲間も、共に成長させられる人」というものを完成させました。全社会議のあとの忘年会が、自分も社員もみな機嫌がよく、なごやかムードだったのは言うまでもありません。幹事の社員からは「それぞれの店舗があるから皆バラバラだと思っていたけれど、考えている根っこは皆同じだということがわかって、すごく嬉しかった。この会社に来てよかったです」と言ってもらえました。
 その後は毎年、全社員に対して経営理念についての説明を行い見直しも行う、会社の理念の実現に向けて、社員それぞれが自分たちのこととして考えを深められるよう、組織や人についてテーマを決めて、社員同士でグループ討論をするようにしています。これを重ねることが自社の社風をつくっていくのだと思って取り組んでいます。

ゼロの会を続けてきて
 2000年5月に指針セミナーを一緒に受講した仲間6人で「ゼロの会」と称する、今でいう「C′の会」を行っています。毎年6月に一泊二日で、12月は忘年会も兼ねて開催しています。途中何度か解散の危機がありましたが、これまでずっと続けてきました。
 ここ数年は、経営指針書よりも決算書をもとに、やると言っていたことができたのかどうかを評価し合っています。15年以上も外部の視点で自社のことをみてくれているので、一番信頼できるアドバイスです。厳しい指摘を受けることも多いのですが、とても刺激になっています。
 会員の中には「C′の会」が継続できないという声がありますが、中井氏は「自分たちの場合は各社が経営指針書に基づいた経営を行い、集まっての議論も経営指針書だけで行おうと決めて続けてきたのがよかった」と言います。

〜 取材を終えて 〜
 中井氏からは「社風」という言葉がよく聞かれました。目指すべき理念を実現させるのは経営者だけではなく、社員である仲間と共に、です。そのために経営者は経営指針書で目指すべき理念を明確に示し、社員にそれが伝わるように工夫と努力をし続けなければなりません。その歩みこそが、その会社の「社風」となり、社員たちによって引き継がれていくものなのでしょう。
(情報化・広報部 松永・大山・谷澤/文:北川/写真:木許)
Profile
企業名: 有限会社 中井レストラン企画
所在地:(本部)大阪市中央区本町
創  業:1985年/設  立:1990年
資 本 金:300万円
売 上 高:2億2千万円(2016年8月)
従業員数:37名(正社員15名、アルバイトパート22名)
業務内容:飲食店の経営、飲食店の企画・運営、
     飲食店の経営コンサルタント業務、
     食料品および飲料品の販売
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