コラム・大阪地域自慢

大阪の北から南へ、西から東へ、ぶらりと旅をすれば必ずやその地の自慢があります。大阪に長年住んでいながら知らなかったことや、知っていたことも更に詳しく、各支部からご紹介していただき、大阪の通になりましょう。きっとその土地へ行ってみたくなるはずです。

vol.33 地形の成り立ちに思いを馳せる 〜縄文の昔の上町台地、周りは海〜

vol.33
大阪南東ブロック・天王寺支部
上本町総合法律事務所 
池田 克大

 私の職場は天王寺区の上本町にあります。毎日、鶴橋駅から上本町まで、東から西へ歩いているのですが、上り坂が延々と続いており、夏場は息を切らすこと間違いなしです。上本町を越えて谷九までは上り坂が続き、谷九を越えたあたりで、今度は急な下り坂になります。大阪市内は平坦な土地が多いのに、なぜ、これほど大きな坂があるのか知っていますか。実は、この坂、上町台地という巨大な丘陵地の一部なのです!!

(デジタル標高地形図「大阪」(国土地理院)を元に
作成)
上町台地は、大阪平野を南北に伸びる丘陵地で、その長さは全長12qにも及びます。北端は大阪城付近、南端は住吉大社付近です。縄文時代の大阪平野は、この上町台地だけが半島のように突き出していて、現在の西区や北区はもちろん、都島区、城東区、東成区、その周辺地域もすべて海の底だったそうです。その後、半島は北側に向かって徐々に成長し、5世紀ころになると、半島が北側の海をせき止め、その結果、半島の東側はラグーンと呼ばれる地形へと変貌していきました。他方、半島の西側も、砂などの堆積物によって徐々に陸地化していきました。

いつも歩いている道に、こんな壮大な物語が隠されているのですね!目の前で起こっているミクロな出来事から少し距離を取り、鳥瞰的、大局的に物事を捉える良い機会になりました。目の前の課題で煮詰まったときは、散歩でもしながら、地形の成り立ちに思いを馳せてみてはいかがでしょうか!?


海に注ぎ込む淀川が土砂を運び、大きな堆積平野となっていった大坂の地 は、川が入り込み、運河が作られ、水運に恵まれた商いの町となりました。その上に架かる橋、浪速八百八橋とか言いますが、実際は二百ほどで、江戸八百八町の橋は三百五十ほど。高速道路が架かるたび、その数も減っていくとか。 ( 編集 西岡)

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vol.32 嗚呼、ちょうどいい!箕面の街と箕面の滝 〜ワンデイトリップを楽しむ〜

vol.32
大阪北ブロック 豊能支部
(株)グリーン・アート 
松本 直樹

 まず、箕面市をご存知ない方のために書いておこう。「箕面」と書いて「みのお」と読む。焼酎の「魔王」や「村尾」と同じイントネーションで「みのお」と呼ぶのが正解だ。箕面を一言で表現するなら「北摂の自然に囲まれたほのぼのとしたベッドタウン」。コテコテでないちょうどいい街、授業は標準語、それが箕面。
 箕面の名所のトップ1はなんといっても「箕面の滝」。ここしかないのだ。阪急箕面線箕面駅から約2.8km、滝道を歩いて約35分で到着。高低差33mの滝。大阪府内でのワンデイトリップに最適、箕面の滝の特徴は、すべて「ちょうどいい!」なのだ。

 箕面川に沿って滝道を歩いてみる。何層にも枝が張り出す、夏から秋にかけてのもみじがおすすめだ。私が高校生のころは極悪利巧なサルたちが婦人からブランドバックをひったくり、小銭で自動販売機のジュースを買っていた。今ではすっかり山に帰り、婦人もJKも安心して歩くことができる。そして箕面の滝はなんといってもちょうどいい引き返しのポイントなのだ。夜の街のラーメンのごとく、帰るタイミングなのである。麓まで戻り箕面ビールを飲む。疲弊した現代人にはほどよい疲れとリフレッシュを堪能できる。実にちょうどいいのである。
滝壺になだれ落ちる水しぶきはマイナスイオンを作り出し、お肌がしっとりとくるような、喉の痛みが和らぐような、本当、滝は憩いの地ですね。有名なもみじの天ぷらは滝壺の周りの店で揚げたてが売られています。おいしいのは天ぷらの衣。中に入ったもみじはイガイガと喉にからみ、食べられたものではありません。(編集 西岡)

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vol.31 大阪商人の地域貢献が残した文化財 〜 日本最古の木造幼稚園 〜

vol.31
大阪中央ブロック
中央北支部
(株)松与 松浦 昌晃

 どこかのお寺と思える風格ですが、実は1880年に地域の住民の寄付によって建てられた大阪市中央区にある幼稚園です。木造建築としては日本最古の幼稚園で、園内にあるら せん状の滑り台は重要文化財に指定され、楽器なども歴史的に貴重な品が大切に残されています。明治時代に地域の子どものためにお金を出し合うという地域貢献が生んだ快適にすごせる幼稚園です。

 また、中之島にある大阪市中央公会堂は蔵屋敷の廃止後に衰退していた地区の活性化のために岩本栄之助が、中之島図書館は住友家15代の吉左衛門友純らが私費を投じてそれぞれ建てられました。当時の商売人たちはもうけるだけでなく地域貢献もしっかりしていたようです。
 圧巻は大阪城の天守閣。市民の寄付で昭和6年に建てられました。時代背景は日中戦争に突入する直前、大阪 城付近も軍隊が駐屯しており「戦争時に攻撃目標となる高い建物で、しかも軍の施設を見下ろす高台に建てるのはけしからん!」ということになったそうですが、集まった150万円(現在の約4000億円)で天守閣だけでなく陸軍第四師団庁舎も建てるという条件で建築されま した。(陸軍第四師団庁舎の建設費の方が高かったらしいです)
 一人ひとりの力は小さくても「地域のために」という意識が、世代を超えて何かを残していくのですよね。幼稚園の前で写真を撮りながら考えてしまいました。


この原稿を読んで結構ゾクゾクと鳥肌が立ちました。成功した人たちの夢と力添えで地域に必要とされる建物が生まれた歴史です。大阪城内に建てられた陸軍第四師団庁舎は大阪市立博物館として、現在の歴史博物館ができるまで大阪の文化と歴史を展覧しました。 昨年9月修築工事に入り、来年には再びお目見えします。 ( 編集 西岡)

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vol.30 世界文化遺産推薦候補に決定 〜「百舌鳥・古市古墳群」〜

vol.30
大阪南ブロック さかい浜支部
(株)オーム設計 
廣岡 治男

 7月31日、文化審議会世界文化遺産部会にて「百舌鳥・古市古墳群」が、平成29年度のユネスコへの世界文化遺産推薦候補に決定されました。私は旧さかい支 部ウォ―キング同好会の催行責任者で、これらの古墳をつなぐルートを何度も歩いたことがあります。
 10年ほど前に比べると、驚くほど周辺の整備がすすんでいます。しかしながら歩くたびに、経済成長期になぜもう少し秩序のある都市計画に基づいて開発をすすめなかったのだろうとつくづく残念に感じます。特に、大仙陵古墳(仁徳天皇 陵古墳)の東側や、宅地に囲まれその存在に気付きにくい履中天皇陵古墳近辺を歩く時はその思いを強くし ます。

 また、多くの古墳が宅地開発の中で破壊されま したが、幸運にも保存運動で残った古墳があります。濠のために外界から遮断されて、タヌキのコロニーになっている、いたすけ古墳です。古墳側に朽ちた橋があって、餌をもらえると分かるとその上にタヌキがずらりと並びます。橋は昭和30年頃、土砂の採集と住宅造成のため架けられたものです。

 市民運動で古墳は国の史跡に指定され、かろうじて破壊を免れました。市の観光パンフレットに「我が国 における文化財保護の歴史を語るうえでも重要な古墳 なのです」とあります。
 今回の世界文化遺産推薦候補決定は堺市民として嬉しいですが、もう少し時間をかけて整備し、本当に世界の人々に見てもらいたい文化遺産に昇華させてからでも良かったように思います。

 空から見ると前方後円墳はまるで鍵 穴のような形です。小学校の社会科で初めて習った興味深い話でした。
 1940年第一代神武天皇即位紀元2600年の祝典が開かれてから、今年は紀元2677年です。世界中これほど長い君主の歴史はどこにもありません。それだけに世界文化遺産への推薦は嬉しく、決定が待たれます。 ( 編集 西岡)

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vol.29 桃源郷のごとし・貝原益軒が賛美した棚田
〜日本最古のキリシタン墓標・田原レイマン碑〜

vol.29
大阪東ブロック 大東支部
(株)山田製作所 山田 雅之

 大阪東部、飯盛山の麓に位置し、市内の2/3は生駒山地内にある小さな街の四條畷市を紹介します。今年 (2017年)、日本最年少の市長が誕生したことで少しニュースに取り上げられました。  
 歴史は古く、2万年前の旧石器時代の讃良川床遺跡があり、有名なところでは南北朝時代の四條畷の合戦などは全国的にも知られ、各時代の遺跡があり歴史的にも楽しめる街です。
 今回は、山を東に越えた場所にある田原地区を紹介します。現在は開発がすすみ住宅街になっていますが、昔からある古い町並みも多く残っています。
 田原の外れには昔大阪と奈良を結んでいた古堤街道が通っており、そこには戦国時代の山城、田原城跡があります。建造者は田原対馬守(田原レイ マン)。その時代畿内の支配者となった三好長慶の居城飯盛山城の支城といわれています。
 長慶の家臣にはキリスト教の洗礼を受けた人が多 く、田原城主の菩提寺千光寺跡の発掘では田原レイマンの墓標といわれる日本最古のキリシタン墓標が見つかっています。

 天の川が流れ、棚田が広がる田原の風景は、江戸時代この地を訪れた貝原益軒が 「あたかも桃源郷の ごとし」と賛美しました。みなさまも一度大阪の桃源郷、四條畷市の田原を探索してみてください。

 生駒山脈の西麓、太古の歴史を今に伝える北の端には天の川、寝屋川が豊かな水をたたえ淀川に注ぎ込みます。南は恩地川が大和川へ合流。豊かな水も過ぎると暴れ川となり、河内平野は洪水にみまわれた治水の歴史でありました。青々と息づく稲穂に四条畷の昔を偲びます。(編集 西岡)

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vol.28 八尾河内音頭祭りは久宝寺緑地公園で
〜9月9日・10日枝豆地ビールのデビュー〜

vol.28
大阪中河内ブロック 八尾支部
(株)柳田製作所
柳田 大介

 同友会2008ビジョンから学び、条例にある基本理念を見直しました。その理念を具体的施策に反映した1つに八尾シンポジウムがあります。1998年より毎年開催され、商業 者、工業者、大学、市民一体となり学術的に学んできました。しかし具体的に学びをどのように実践していいのか? 議論を深めれば深めるほど分からなくなる時期もありました。八尾市がにぎわいのある住みたい町、働きたくなる町にするには1社だけでは到底叶うものではなく行政や大学、商業者、工業 者、農業者も巻き込む連携 活動こそが重要であること、そこに同友会で学ぶ八尾支部会員が主体性をもって行動に移していかなければこの八尾から新たな産業が生まれないと気づきます。

 今期の取り組み事例の1つは、八尾市の6次産業化をめざすため有志を募り特産物である枝豆を使ったビールを第40回八尾河内音頭まつりで販売することです。八尾の農家から枝豆を仕入れ、ビールの醸造は八尾市民である店主のデタールバレさんに依頼し何度も試飲会を重ねてきました。ほんのりと枝豆の香りも味わえる!いわばおつまみいらずの八尾の枝豆地ビールがもうまもなく完成です。
 活動費は協賛金を募りお返しには八尾河内音頭祭りのTシャツに枝豆のデザインを施したプレミア感たっぷりの限定Tシャツとビール1杯無料券を準備中です。来年にはブ ランド化しふるさと納税の返礼品にしようと行政とも検討中です。
 憲章や条例の具体的実践はこのように会員自らが楽しみワクワクするような活動でなければいけません。現在八尾 支部会員が主体となって地域と関わり活動している取り組みこそが地域の 自慢であるのかなと感じております。←自画自賛(笑)

 八尾市中小企業地域経済振興基本条例制定は1999年と大変早い時期に結ばれているそうで、八尾市における同友会地域密着活動が大変盛んであったことを物語ります。河内音頭の夕べに枝豆地ビールとは!素敵。たくさんのご参加お待ちしていますとのこと。(編集 西岡)

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