大阪地域自慢 わが街探訪

『大阪地域自慢』は、月刊誌「OSAKA 中小企業家」に掲載しています人気コーナーです。大阪の北から南へ、西から東へ、ぶらりと旅をすれば必ずやその地の自慢があります。大阪に長年住んでいながら知らなかったことや、知っていたことも更に詳しく、各支部からご紹介していただき、大阪の通になりましょう。きっとその土地へ行ってみたくなるはずです。 過去のバックナンバーはこのページの一番下にPDFにて掲載しています。

vol.43

大阪地域自慢

vol.43 変わりゆく「でんでんタウン」と「五階百貨店」
〜昭和へのタイムトリップ〜

大阪中央ブロック 臨港支部(有)田代商店 田代 宜達

大阪人が日本橋の「でんでんタウン」と聞いた時、思い浮かべるイメージで世代が分かれてくるのではないでしょうか?家電製品を中心にオーディオの街から、パソコンの街へ。そして、家電量販店が廃れていく中、場所を西へ移動してオタクの街へ…。

そんな変わりゆくでんでんタウンの中にも、昔から工具を中心に扱っている「五階百貨店」と呼ばれるエリアがあります。「五階百貨店」って妙な名前ですが、名前の由来は明治時代にまでさかのぼるそうです。明治時代、今宮村(阪神高速阿倍野入口付近に記念碑があります)にありました5階建ての「眺望閣」を中心に、いろんな露店が立ち並んでおりました。それらの露店を総称し「百貨店」と呼んだそうです。そのため「五階百貨店」とは店名ではなく、地域を指す名称として使われてきました。そして現在までに場所を移動して、日本橋3丁目付近にいたっています。その五階百貨店エリアの中に日本橋商店会があります。でんでんタウンから細い路地に一本入れば、見た目は古びたシャッター街。でも、奥に進んでいくと、きもの屋さん、アンティークショップ、電化製品店、毛皮屋さん…とさまざまなお店が顔を出してきます。店構えや細い路地の他に、ダイハツミゼット、ブラウン管白黒テレビ、黒電話、古時計などが展示されているスペース「昭和ノイエ」が懐かしい雰囲気を醸し出しています。最近では、BARやカフェ、手作り小物雑貨店、パンダ焼き屋さんといった新しいお店も出店してきており、ますます目が離せない地域となっております。お近くにお越しの際は、ほんの少しのタイムトリップを味わいに遊びにきてください。

~ 取材を終えて ~

来年は平成に代わってなんという年号となることでしょう。昭和は遠くなりにけりなどと言われますが、古い私は道具屋筋が懐かしいです。職人が使う工具や飲食店の食器、機器など専門的な道具が並び、ここで調達すると店一軒すぐにでも開業できました。今は大型家電店やホームセンターなどが郊外に建つ中、ここは外国からの観光客や、趣味の極みに集まるお客様でにぎわっているようですね。
(編集西岡)

vol.42

大阪地域自慢

vol.42 今は自然豊かなサイクリングの聖地
~市制60年、ブドウの名産地柏原市~

大阪南ブロック 河南支部(株)インテリアみやの 稲葉 弘幸

今年で市制60周年を迎える柏原市は、大阪平野の南東部、大阪府と奈良県との府県境に位置しています。市域の3分の2を山が占め、中央部を大和川が流れています。大阪の都心からわずか20kmほどの距離にありながら、緑の山々と美しい渓谷、豊かな川の流れなど、多彩な自然環境を備えています。

山麓にはブドウ畑が多く、夏から秋にかけては「ブドウ狩り」を楽しむ家族連れや遠足の子どもたちで賑わっています。100年ほど前はこの南河内地域が全国一のブドウの産地でした。市のマンホールにもブドウの絵が描かれています。このブドウを活かした柏原ワインは派手ではないが、まろやかで濃厚な味わいで「通好み」として人気が高いです。

また、近年では山と川を一緒に楽しめるサイクリングの聖地として愛好家に注目されています。急な山道をのぼり山の頂上から見える大阪平野を満喫する上級者。古き良き風情を味わうサイクリストや、大和川沿いの川の風を感じながら走る初心者…週末にはたくさんのサイクリストたちが柏原市を疾走しています。

~ 取材を終えて ~

柏原市を横断する大和川は、江戸元禄年間までは柏原から北へ向かって流れ、河内平野は度々洪水に見舞われたそうです。ようやく治水工事の計画が進み、宝永元年(1704年)僅か8カ月の工期で新大和川が誕生し、堺の海へと川の流れを変えました。重機の無い時代これほど早く工事が完成しているのに驚きますが、幕府と近隣大名、日当を支給された農民の力を合わせた賜物で、総工費71,500両(現在の約140億円)と言われております。―柏原市ホームページより―
(編集西岡)

vol.41

大阪地域自慢

vol.41 太古から歴史ある「東成区」
~住民と企業が力を合わせた地域~

大阪東ブロック 東成・生野支部 (株)光製作所 井上 吉史

西成とよく間違われる東成。実は起源が古く、大化の改新以降、上町台地を中心に東は難波大郡、西は難波小郡と言われており、713年(和銅6年)にそれぞれ東生郡、西生郡と名づけられました。東生郡は生駒山の麓まで広がる地域だったのが、江戸時代に入り、東成郡と改名されました。明治初期までは、現大阪市の大半は摂津の国で、西成郡と東成郡が占めていました。大正に入り大阪市ができ、東成郡が大阪市に統合され、東成区が誕生しました。昭和に入り旭区、生野区、城東区が分区独立し、東成区となりました。

戦前戦時中は大阪城の東側に大阪砲兵工廠(ほうへいこうしょう)があり、重工業分野では世界のトップレベルの水準で、下請け加工をする工場がたくさんありました。今でも鋼材、バネ、ネジ、線材などを扱う工場や商社が東成区に多いのは、その影響と思われます。東成区は住工商混在の地域で、住民と企業が力を合わせて安心安全な地域づくりに取り組んでいます。震災などの非常時には人と人とのつながりが重要で、協力し合えると思います。我々ものづくり企業としては、地域密着で発展していければと思っています。

~ 取材を終えて ~

6月号でもご紹介しました東成区、住工商混在の地域では、そこに住む人たちと町工場の関係が大変近く、深く地域密着の活動を続けておられます。防災や危機管理に地域住民が一丸となり、ひとたび何かが起こったときには協力し合える地域、いいですね。
(編集 西岡)

vol.40

大阪地域自慢

vol.40 八尾の農産物を使った「ご当地グルメ」が誕生
~産学官あげての八尾バルにいらっしゃい~

中河内ブロック 八尾支部 おふぃす・ともとも 高野明美(八尾バル実行委員長)

~産学官あげての八尾バルにいらっしゃい~

「八尾を盛り上げたい!」という思いを持った八尾市民たちが、7年前に立ち上げた飲み歩き食べ歩きイベント「八尾バル」。2018年7月14日(土)、15回目が開催されます。バルは、飲食店をはしごするように飲み歩き食べ歩きするイベントで、他地域でも開かれています。しかし、八尾バルには他のバルにない2つの特徴があります。一つは「八尾えだまめ」「八尾若ゴボウ」を使ったご当地メニューが出てくるところ。
もう一つは、八尾在住の社会人や学生が、完全ボランティアで運営しているところです。八尾市外の皆さんは、八尾が近畿最大のえだまめ生産地であることや、葉っぱから根っこまで食べられる若ゴボウの存在を知りません。これをバルメニューを通じて知ってもらい、八尾の飲食店に足を運んでもらうことで街を活性化したい、という思いがあります。開催するたびにお客様が増え、いまでは40店舗が参加し、1日3,000食近くが出るイベントにまで成長しました。
八尾の企業も八尾バルに協賛してくださるなど、産業、商店、市民、学生がコラボで盛り上げるイベントとなっています。さて、今回はどんなご当地メニューが誕生するのか。おいしい八尾を味わいに、ぜひいらしてください。

~ 取材を終えて ~

八尾の地域自慢に、まだ若い緑の大豆を使って醸造したえだまめビールもご紹 介しましたね。八尾の若ゴボウも有名だそうです。雄大な河内平野に育つご当地野菜を使ったメニューでおもてなし、素晴らしいイベントが開催されるとか。夏場になると河内音頭の太鼓の響きが聞こえてきそうです。
(編集 西岡)

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